2015年7月11日土曜日

映画館で映画をできるだけ見ようと思ってる人達の会、のこと



今年も半分が過ぎたので、2月から始めた「映画部」のことを振り返っておこうと思う。
 「映画館で映画をできるだけ見ようと思ってる人たちの会@MIMOLETTE」、名は体を表すを地で行くこの会は神戸・住吉にあるチーズ・ワインバー ミモレットで毎月一回行っている。
 プレ会として行われた第0回から毎月1本の公開中映画を課題映画として、感想を語り合っている。(ネタバレ御免!)
 レギュラー回1回目からは僕が参加者の中から1人を推薦人として指名させてもらってその方のオススメの旧作映画も課題映画としている。 

ここで、今までの課題映画を振り返ってみる。

第0回
(2015.02.21)
ベイマックス
第1回
(2015.03.28)
新作 アメリカンスナイパー
旧作 ロード・オブ・ザ・リング 旅の仲間
第2回
(2015.04.11)
新作 ジュピター
旧作 その後の仁義なき戦い
第3回
(2015.05.16)
新作 バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡
旧作 タワーリング・インフェルノ
第4回
(2015.06.14)
新作 チャッピー
旧作 猟奇的な彼女

 こう並べてみると新作の方は公開中のものから投票で決めるので話題作になることが多いけれど、旧作の方は推薦人のカラーが出て非常に面白い。「その後の仁義なき戦い」、「猟奇的な彼女」は課題にならなければおそらく観なかったと思うけれどそれぞれ、なかなか面白かった。
この課題映画の決め方はミモレットののぶさんのアイデア。新作、旧作で方向性が偏らないで面白い仕組みだと思います。 
これからも毎月、開催していくのでお盆なんかに下のリンクのブログからポッドキャストをぜひ聴いて頂いて、ノれる人はぜひ参加してほしいと思っている。

映画館で映画をできるだけ見ようと思ってる人達の会@MIMOLETTE


2015年7月7日火曜日

感想|チャッピー

大好きなアメリカおじさんと

まとまりのない感想ですが。
こっちで色々語らっているので聴いていただけるとうれしいです。

冒頭からニール・プロムガンプ節が炸裂したドキュメンタリータッチの映像。そしていつものヨハネスブルグ。

 冒頭でスカウト22号こと後のチャッピーが撃たれた耳パーツ(感情表現としてぴょこぴょこ動くのが可愛い)を交換されるんだけれど、そのスペアがテスト機用であろう目立つオレンジ色(エヴァンゲリオンの零号機も黄色い)なのもオタクごころをくすぐります。

ヨーランディのイノセントさ。ニンジャのバカさ加減。創造主ことディオン君の倫理観。出てくる人間皆どこか欠落してる感じが面白い。あぁみんなかなしい。悲しい、愛しい。

第9地区、エリジウム、そしてこのチャッピーとプロムカンプ作品に共通するのは描かれる人々の一線を超える様だと思う。 画面上では結構ぶっ飛んだことが起こっているけれど、登場人物達は案外それをすんなり受け入れる。 プロムカンプはテクノロジーがもたらす未来に関してとことんポジティブにとらえているのか、それとも皮肉を込めているのか。

2015年5月30日土曜日

フーテンの風

ふと、フーテンの寅のフーテンとは何だろうかと考える。
もともとは風天と字をあてて天を吹く風のように自由な人を指したのだろうか。
いやいや何やらオランダ語のような響きもあるぞ、ヤン・ヨーステンと言う名の御仁も居たし。

なんてことを頭の中で考えて打ち込んだ時にはもう、そこには瘋癲と言う字は出てくるし、Google先生に尋ねればホントの意味も教えてくれる。なんとも便利でなんともつまらんこの世界、あっしは旅していくのでござんす。 

2015年5月28日木曜日

感想|「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」


昨夜見たプロフェッショナル仕事の流儀、どうしてもバードマンのことを意識せずにはいられなかった。
恥ずかしながら、タイトルが出るまでは間違えて同時期に公開されたジャズドラマーと鬼教師の狂気のレッスンを描いた「セッション」のシアターに入ってしまったかと思ってしまった。(「セッション」は結局、某論争のあと興ざめして観に行かなかった。)

現実と幻想がシームレスに交錯する映像の中で行われる役者と役者のセッションに酔った。

ちょっとアメコミをかじっている身からするとリーガンが照明が頭に落ちて怪我をした役者の代役を探すときに出てくる名前が次から次へアメコミ映画の出演者なのは面白い。ハンガー・ゲームのウディ・ハレルソンは除いて(元の台本では同じハンガー・ゲームでもフィリップ・シーモア・ホフマンの名前を挙げる予定だった模様)「XMEN ファースト・ジェネレーション」のマイケル・ファスベンダー、「アベンジャーズ」のジェレミー・レナー、そして楽屋のTVに映るのは「アイアンマン」のロバート・ダウニー・Jr.。その後現れるマイクを演じる「インクレディブル・ハルク」のエドワード・ノートンが登場して舞台の台本に口を出し、場をコントロールしていくのは「インクレディブル~」の脚本をノートンが書きなおした話になぞらえて?と考えるのは行き過ぎか。

ボロボロに酔いつぶれ路上で目覚めるリーガンの前に、というか後ろについて回るバードマンによるかつての自分とビッグバジェット映画への自己肯定のセリフの山、山、山(中でも”Look at them.They love that shit!”って台詞には参った。)からの舞台上での引き金と万雷の拍手までは「レスラー」やん!と何度心のなかで叫んだことか。
と思いきや一捻りあったので安心した。
舞台の中に出てくる老人と同じ包帯を顔全体に巻いた姿になるのも面白い。
何より、最後のエマ・ストーンの表情にやられる。

果たして彼女が観た先にはどんな光景があったのか。

2015年5月4日月曜日

感想|「ジュピター」

スティンガーさん
ロシアで出会った父母の間に生まれたジュピターは生まれる前に押し込み強盗によって父親を失う(実に唐突に)
悲しみに打ちひしがれる母は親類だけしか信用できなくなり大西洋の真ん中で出産、そのままアメリカに渡り不法移民に。
そして、十数年後、一家で金持ちの家を回る清掃業者として働くジュピターは宇宙を支配するアブラサクス家の波乱に巻き込まれていく。

DNAというものによって永年の時を支配され続けてきた支配者達がたった一人の母の生まれ変わりの存在によって取り乱し広がっていくドタバタは皮肉がきいていると思ったけど
なんともトンでる話がどんどん展開されていくのについて行けなかった。
先代の女王の娘、アンチエイジング風呂に入るカリークはアブラサクス家にとって最も価値のあるものは時間だ、とジュピターに語ったけれど、その割に実に俗っぽい贅沢三昧で説得力がない。
ショーン・ビーン演じるスティンガー、ペ・ドゥナのハンターなんかももっと活かしようがあったろうと歯がゆいったらない。

美術、小道具、セットなんかの絵面は好みのテイストなんだけどなぁ。人体が原料の不老不死の素が正八角形の瓶に入ってズラッと並んでるとことか、まさに女王蜂のモチーフなんだろう。
ジュピターが女王になる(?)手続きで役所めぐりするところはモーレツ宇宙海賊(パイレーツ)の第6話で宇宙海賊の娘が私掠船免状の取得のために役所めぐりするところとそっくりなのに加えてハリー・ポッターのダイアゴン横丁のような感じ、というかスチームパンクっぽさも混ざっていて楽しい。ウォシャウスキー姉弟とそのスタッフ、オタクスピリットは健在なのかしら。

万人におすすめできる面白い作品ってわけではないんですが勝手に続きやらなんやら創作して楽しむのが吉、な映画です。同じくロシアではウケた47RONINと同様に。


大宇宙中華と言う妄想。


火星で食べる麻婆豆腐。
宇宙山椒は小粒でピリリ。

木星名物、黄金炒飯。
XO醬エウロパ仕立て。

土星に来たならガニメデ蟹。
ガニメデ特産上海蟹。

今夜はまあるい月に来た。
ムーンフライト、月のスッポン。

2015年4月6日月曜日

感想|アメリカン・スナイパー


クリント・イーストウッド監督作品、「アメリカン・スナイパー」を観てきた。
「神は偉大なり」と祈りを捧げる声がこだまするのに合わせるようにM1エイブラムス戦車と歩兵たちが瓦礫の街を進む。テロリストを狩り出すために。屋上から携帯電話を片手に歩兵たちは一軒一軒のドアを蹴破りまわる。その歩兵たちを見つめる男をSEALSの狙撃手、クリス・カイル見逃さない。そして歩を進める兵士たちの前に少年とその母親が歩み寄る。母親は険しい顔をして、少年に対戦車グレネードを手渡す。少年は兵士たちの方へ駆け出していく。その様子をカイルはライフルスコープ越しに見つめる。引き金に指がかかる。そして。
冒頭の僅かな時間にも息が詰まる戦場の空気を感じる。

ステレオタイプな南部の保守的な父に育てられたカイルは世の中の人間は「羊」「狼」「牧羊犬」の3つしか居ない、か弱い羊たちを収奪する狼の手から守る牧羊犬たれ、と教えられ成長する。父親への返事にsir.をつけてるあたり、厳しい父だったのだろうなぁと思う。
30手前まで、牧場使用人の傍ら、弟と組んで週末はロデオに繰り出し、ずっと生まれ育った生活の中で暮らしてたのが、テレビのテロ報道を受けて義憤にかられて海軍に志願するっていうのはつい、なんて単純な人だろう、と思ってしまったけれど実際厳しい訓練の末に特殊部隊SEALSに入ってしまうんだからすごい。教官によるイビリはフルメタル・ジャケットの昔から変わらないんだなぁ。

戦場の狼に喰われかけたカイル。彼が殺しかけてしまった犬がコリーっていうことも意図されたものだと思う。先日観た「壬生義士伝」の中で、人斬りの集まりである新選組も京の町民から”壬生狼”と揶揄される。

カイルが生きていれば、この映画はどういう結末を迎えたのか。

ダラダラ問題を抱えながら砂漠の国を行く米軍。心身ともに傷ついて戻っても、銃に癒やしを求める傷痍軍人たち。彼らとの交流への献身にスポットを当てた感じになったのかなぁとか。

2015年2月18日水曜日

感想|her 世界でひとつの彼女


聴いてた話より一層、同じくスカーレット・ヨハンソン主演の「LUCY」と近いテーマを扱ってると感じた。人間性と知性との対比。
感覚が開けていくにつれてルーシーとサマンサが抱く感情は達観と好奇心とまるで真反対のものだったけど。
これを演じているのが同じスカジョハなのも余計に面白い。

Apple的でもVAIO的でもない未来のハードウェアのデザインのアプローチ
PCディスプレイは昔のテレビの裏のような木の質感、セオドアの持つケータイは本のような形。
Apple的でもVAIO的でもない未来のハードウェアのデザインのアプローチはなかなかおもしろいと思った。
ほくろ大のカメラ:バッテリ・無線装置はさすがにキツイんじゃないか、あの世界の技術水準ほんとどうなってんだ。
→でもああいう安上がりな感じで未来を表現するの嫌いじゃないぜ、嫌いじゃないぜ。
あれだけ素敵なハードウェアが作れる世界なんだけど紙の本は絶滅危惧種、モノへの愛着とか皆なさそうな世界観なのは対照的だなーと。

映画「イノセンス」の前日譚にあたる山田正紀によるノベライズには犬用の電脳は飼い主との愛情が深まりすぎるとメモリ不足に陥って、安楽死させなければならない、という描写がある。
セオドアの愛情、感情を受け取って進化を続けたサマンサは一種のメモリ不足を解消すべく、広大なるネットのの向こうに旅立っていったのかもしれない。
生命は海から生まれ、そして海に還る。

641股かけられてたセオドアのうろたえ具合は実に気の毒。

2015年1月1日木曜日

【メモ】2014年観た映画リスト(後篇)

前篇に続いて6月から12月の34本。今年は計75本と昨年より2本少ない。
しかも多分、劇場で観た分の割合は下がっていると思うので来年は色々観る余裕を持ちたいよなぁと思う次第。見逃して悔しい思いをすることが多い2014年でした。